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東京地方裁判所 平成2年(特わ)1893号 判決 1992年2月12日

本籍

東京都世田谷区南烏山二丁目三一番

住居

同都板橋区西台四丁目三番五号 モアクレスト西台一〇〇六号室

不動産賃貸業(元銀行員)

瀬戸恒貴

昭和一七年七月一三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官西村逸夫、弁護人高橋勇次、長谷川修各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金一億三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金六〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、三井信託銀行株式会社渋谷支店に勤務し、支店次長として融資・不動産関係の業務を担当していたものであるが、同銀行と取引関係のあった仕手筋の人物を知ったことから、業務のかたわら、同人物が扱う株式を中心に大量に株売買を行うなどして、営利を目的として継続的に株式の売買を行っていたが、株式売買による所得等に関して自己の所得税を免れようと企て、株式売買を家族や親族名義に分散して行うなどにより株式売買による所得等を秘匿した上、

第一  昭和六一年分の実際総所得金額が八八一二万六三二六円(別紙一の1の修正損益計算書参照)であったのにもかかわらず、昭和六二年三月一二日、当時の被告人の住所地を管轄する神奈川県横浜市南区南太田町二丁目一二四番地の一所在の横浜南税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の総所得金額が三八九万二七九八円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると一八六万八八〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(平成三年押第二七号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四五九二万三五〇〇円と右還付税額との合計四七七九万二三〇〇円(別紙一の2の脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六二年分の実際総所得金額が一〇億六八三七万二〇〇〇円(別紙二の1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六三年三月一四日、当時の被告人の住所地を管轄する東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号所在の北沢税務署において、同税務署長に対し、同六二年分の総所得金額が八一七万八三〇八円でこれに対する所得税額は既に源泉徴収された税額を控除すると一三五万六七〇〇円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書(前同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六億三〇二二万四八〇〇円と右還付税額との合計六億三一五八万一五〇〇円(別紙二の2の脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の目標)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する平成二年一〇月二四日付、同年一一月一日付、同月六日付、同月一二日付(二通)各供述調書

一  証人広瀬繁に対する当裁判所の尋問調書

一  収税官吏作成の有価証券売買益調査書、売買回数・株数調査書、支払利息調査書、支払手数料調査書、雑費調査書(二通・雑所得に関するもの及び不動産所得に関するもの)、収入金額調査書、減価償却費調査書、借入金利子調査書、租税公課調査書、修繕費調査書、管理費調査書、仲介手数料調査書、登記費用等調査書、配当収入調査書、配当控除調査書、源泉徴収税額調査書(いずれも被告人に関するもの)

一  東京都世田谷区長作成の住民票(写し)

判示第一の事実について

一  検察事務官作成の平成二年一一月九日付(横浜南税務署の所在地に関するもの)、同三年三月一二日付(二通)各捜査報告書

一  押収してある昭和六一年分の所得税確定申告書一袋(平成三年押第二七号の1)、同年分の収支内訳書(不動産所得用)一袋(前向押号の3)

判示第二の事実について

一  被告人の検察官に対する平成二年一一月四日付供述調書

一  収税官吏作成の損害保険料調査書、ローン保証料手数料調査書、生命保険料控除調査書(いずれも被告人に関するもの)

一  収税官吏作成の昭和六三年一一月二五日付領置てん末書

一  東京都世田谷区長作成の戸籍謄本(戸籍の附票の写し添付のもの)

一  押収してある昭和六二年分の所得税確定申告書一袋(前同押号の2)、同年分の収支内訳書(不動産所得用)一袋(前同押号の4)

(被告人の脱税の犯意について)

被告人は、捜査段階及び第一回公判期日においては、昭和六一年分、同六二年分の所得税をともに脱税したことを認めていたが、公判審理の途中から、昭和六一年分の所得税について、その確定申告の頃はまだ株式売買による所得による所得は非課税と考えており、従ってそれに関連して所得税を免れようとの意思はなかったものであり、株式取引に際して他人名義を用いたもの、脱税のためではなく、自己の株式取引が広く知れ渡り、銀行員としての立場に影響することをおそれたからである旨主張するに至り、弁護人も弁論において、被告人の右主張は理由があると述べる。

前掲各証拠によれば、被告人は、渋谷支店に勤務する以前は、社員持株制度で銀行の株を持つ程度であったが、昭和六一年一月に渋谷支店勤務となって株式取引に興味を持つようになり、同年四月以降になると株式売買数も増え、自己名義で相当回数にわたって株式の売買を行い、さらに同年九月に妻、長女名義の口座を設けたものを始めとして、以後順次家族や親族名義の口座を設けて、それら家族や親族名義で株式売買を行い、昭和六一年一〇月から翌六二年前半にかけては、多くの証券会社に設けた自己や右の家族、親族名義の口座を使用して、自己名義や家族、親族名義で多数回にわたり多数の株式数の株式売買を行っていることが認められる。ところで、被告人の検察官に対する平成二年一一月一日付供述調書の添付資料<9>によれば、被告人が渋谷支店で使用していた机の中から新聞記事の切り抜きが発見・押収されており、その切り抜きは広島支店に勤務していた昭和五七年当時銀行内の講習会の資料として使用されたというが、同新聞記事には、「年間五〇回以上、二〇万株以上の株式売買をした場合は、売買益に対し、総合課税されることになっている」との株式売買益に対する課税の説明箇所があり、被告人自身がその説明箇所に赤鉛筆で傍線を引いていたことが認められるのであり(なお、被告人は、公判においては、右新聞記事の内容についてはすっかり忘れていた旨述べるのであるが、たとえ株式売買を実際行っていないときには一時忘れることがあったとしても、株式売買を現実に始め継続する過程において、右新聞記事の内容を重い起こすことがあったと十分いえる。)、被告人の信託銀行員としての仕事上の知識・経験をも考慮すると、被告人が昭和六一年に入って株式売買を実際に行うころには、株式売買による所得に対する課税やその要件について被告人が知識を有していたと推認することが可能である。そして、被告人が最初に自己以外の家族名義の口座を設けた大東証券渋谷支店に努めていた証人広瀬繁は、「被告人がしばしば店を訪れてきたので顔見知りになった。そのうち被告人は、あたかも自己の知識を確認するかのような態度で、株式売買による所得についての課税要件を尋ねてきたので、年間の売買回数五〇回以上かつ売買株式数二〇万株以上の場合と、同一銘柄二〇万株以上の譲渡の場合には、所得申告の義務があると説明した。被告人は、それを格別の違和感もなく受け止めていたようだ。そうした説明をしてから間もない昭和六一年九月に、妻と長女名義の口座を開設した。右の口座開設後にも、被告人は何度か同じような質問をしてきた。こうした課税要件について尋ねられることは稀であり、渋谷支店における約六年間の営業担当期間中わずか二回程度に過ぎず、被告人から尋ねられたことは印象に残っている。」旨証言しており、右証言は、証人自身が述べているとおり、非常に稀で特異な経験を語るものであり、それだけ印象が深く記憶に残っていたと考えられ、証人があえて虚構の事を作り上げて証言せねばならない事由もないことからすれば、右証言は、十分信用に値する。実際に被告人は、右広瀬が課税要件を説明したとされる時期から間もなくして、妻、長女名義の口座を設けた上、その後順次多数の証券会社の店舗に家族や親族名義の口座計一〇口座を設けて、それら口座を利用して多数の株式売買を行っている事実も存する。さらに、前記検察官調書の添付資料<1>の1ないし3によると、被告人は、株式売買による所得を除外して昭和六一年分の所得税の確定申告をした後、株式購入資金を借り受けた親族三名に借入れ元本と利息を送金しているのであるが、書面に借入れ元本を株式運用に当て利益が出たので、元本と運用利益を送金する旨記載した上、わざわざ末尾に「当書類は、対税上のこともあり、送金額を確認の後、必ず破棄して下さい。」あるいは、「本書類は、送金額を確認の上は、破棄して下さい。」との文言を付記しているのであるが、右文言は、利息を得ている親族らの課税問題について配慮したのみでなく、被告人自身の株式取引による所得に対する課税問題の発生をも意識したものと解することができる。

他方、被告人が公判において、他人名義を使って株式売買を行った理由や株式売買益に対する課税を知った事情について述べるところを考えてみる。被告人は、「昭和六一年四月ころから、飛島建設株の売買を日本勧業角丸証券渋谷支店で被告人名義の口座により集中して行い、株式売買数を急激に増加させたが、その間株価が順調に上がっていったため、同年夏ころ(この時期も、被告人は同年一〇月ころとも述べており、必ずしも一定しない。)、同支店の担当員から、誰が右の株を買っているのかということで被告人の名前が兜町で有名になると言われ、自己が証券会社と競合して市中の資金の吸収を図ることを重要な業務内容とする銀行の一員であり、しかも管理職としての地位にあることから、危険を伴う株式取引を大量に行っている事実が銀行に知れると自己の立場に悪影響が及びかねないと考えて、自己の株式取引を、証券会社間で目立たなくさせようとすることだけを考えて、他人名義を利用して株式取引を行った(もっとも、被告人は、取引規模が大きくなって、証券会社を通じて銀行に知られると困るので他人名義で取引をした旨、検察官に対しても供述しているが、右供述においては、これと併せて、税金の支払いを免れる意図もあったとしている。)。また、必ずしもはっきりしないが昭和六二年九月か一〇月ころ、課税要件を超えた株式取引を申告せずに査察あるいは刑事訴追にまで至った者の新聞報道に接して、初めて株式売買による所得についての課税要件を知り、それ以後は、持っている株式を処分して取引を終了させ、借入先に返済することに集中した。」と述べる。しかしながら、右供述内容の「兜町で有名になる」ということの意味が、被告人が説明するところによってもあいまいであって、直ちに納得のいくものとはいえないばかりか、収税官吏作成の有価証券売買益調査書、売買回数・株数調査書、前記検察官調書の添付資料<10>の<1>ないし<13>によれば、他人名義を利用した株式売買を始めてからも、証券会社の店舗を分散させているとはいえ、なお被告人自身の名義でもかなりの回数にわたり大量の飛島建設株の売買を行うとともに、同姓の妻や娘名義でも同社株の大量売買を行っているのであって、こうした株式の売買状況は、自己の名が兜町で取り沙汰されるのを恐れた、あるいは更に自己の株式売買が知れ渡って銀行員としての立場に影響することを恐れたということにそぐわないのである。また、被告人が課税要件を認識したとするところの株式売買の状況をみても、新たに信用取引を行うなどしており、必ずしも被告人が弁解するような意図だけで取引したとは認められないのである。してみると、被告人が公判で供述するところは、いまだ信用できない。

なお、弁護人は、被告人が昭和六一年に妻、長女、妻の父の三名の名義で取引口座を開設する以前から、既に被告人名義の株式売買は課税要件を超過しており、右三名の名義を使用した後にも、妻名義の株式売買は同一銘柄で二〇万株以上という課税要件を超過しているから、名義の分散が脱税を意図して行われたということと矛盾する旨主張する。確かに、前掲関係各証拠によれば、昭和六一年及び同六二年中の被告人名義の株式売買は、いずれも年間の売買回数が五〇回以上で、かつ売買株数が二〇万株以上という課税要件に該当し、また、同六二年中の他人名義の株式売買のうちには、同一銘柄で年間の譲渡株数が二〇万株以上という課税要件に該当するものが、一部存在する。しかしながら、他人名義の口座を用いて株式売買を行えば、税務当局に自己の取引であることが発覚するのを困難にすると通常一般人は考えるところであるし、被告人の行った他人名義の株式売買は、回数の点では全て課税要件の範囲内に納められているのであり、被告人が課税要件でも売買回数に特に注意を奪われていたとすれば同一銘柄で二〇万株以上という要件を超えた取引が存在したとしても、課税を免れるためということと矛盾しない。そして、被告人名義の株式売買が課税要件を超過している点についても、被告人は、証人広瀬繁が課税要件の説明をしたという時期以降、多数の証券会社の店舗に設けた自己名義の口座を利用して株式売買を行い、それら店舗毎の売買回数を五〇回未満に納めていることからすれば、自己名義の株式売買においても多数の証券会社に口座を分散させることよって、被告人なりに税務当局による株式売買の把握を困難にさせて課税を免れようともくろんだと理解することもでき、脱税意図の存在と矛盾するものではない。

以上によれば、被告人は、昭和六一年当時株式売買による所得に対する課税及びその要件について認識し、その所得に対する課税を免れる意図で、他人名義で株式売買を行いあるいは自己名義での株式売買も多数の証券会社の口座に分散させて行ったものと認められる。

よって、被告人の昭和六一年分の所得税について脱税の犯意を否認する公判での主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、いずれも情状により同条二項を適用した上、懲役刑及び罰金刑を併科し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人を懲役二年及び罰金一億三〇〇〇万円に処することとし、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金六〇万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する。)被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の理由)

本件は、信託銀行支店次長の地位にあった被告人が、特定の仕手筋の人物が扱う株を中心に大量の株式売買を行って、多額の所得を得ていながら、それら所得等を隠して申告せず所得税を免れたという事案であるが、被告人が右のような大量の株式売買により得た所得は、昭和六一年が約七八九六万円余で、同六二年には約一〇億七四〇〇万円余であり、そうした多額の所得がありながら、それら所得を隠して一切申告しなかったものであり、そのため右両年にわたり脱税した所得税の金額は合計六億八〇〇〇万円近くに上り、この脱税額は、被告人自身の当時の銀行員としての年間給与と比較してもいかに大きいか分かり、平均的給与生活者の到底考え及ばないような金額であって、同時期の所得税ほ脱事件犯の中でも高い方に属する。ほ脱率も、各年分とも還付を受けているため一〇〇パーセントを超える高いものとなっており、自己の資産の増加を目的に株式取引を行い脱税したもので、動機に酌むべきものはなく、多数の証券会社に家族や親族名義の口座を多数設けて、それら口座を利用して株式取引を行い、自己の大量の株式取引が発覚しないよう図っており、脱税のための手段もよくない。しかも、被告人は、仕手筋の人物に関する情報を元に株式の売買を行ったばかりでなく、同人物に接触して株式売買についての便宜を受けたり、あるいは自ら市場で買い付けた株を直接売り渡して多額の利益を得ることまでしており、職務上の立場を利用して不公正な方法により利益を図ったとの非難を免れず、犯情は一層悪い。

一方、被告人は、国税庁の査察を受けると、国税庁の調査終了を待たずに修正申告をして、本税と延滞税の殆どを納付し、右調査の結果が出ると直ちに再修正申告をして、本税と延滞税の不足となった分を納税してこれらを完納し、加算税についても賦課決定後間もなく完納しており、納付した本件に関する税額は、地方税を含めると本件起訴に係る二年分の総所得金額にほぼ匹敵する総額一一億二五四六万円に達し、本件による国家の租税収入の侵害を早期に回復していること、被告人は、本件脱税行為を除けば、勤勉な銀行員として犯罪とは無縁の生活を送っていたものであり、本件犯行の発覚により長年勤務した銀行を懲戒免職となるなど社会的制裁も受けていること、本件が発覚してからは進んで税務調査に協力して改悛の情も顕著であること、さらには銀行を辞めた後始めた不動産賃貸業も順調にいっておらず多額の負債を抱える状況にあることや家庭の状況など、被告人ために酌むべき事情も認められる。

以上の有利、不利の各事情その他諸般の情状を考慮し、被告人についてはやはり懲役刑の実刑を免れず、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 西田眞基 裁判官 渡邉英敬)

別紙一の1

修正損益計算書

<省略>

別紙一の2

脱税額計算書

<省略>

別紙二の1

修正損益計算書

<省略>

別紙二の2

脱税額計算書

<省略>

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